さぽろぐ

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2007年04月02日

版画家 一原有徳さん

今朝の新聞に 小樽在住の版画家
一原有徳(いちはら ありのり)さんのことが載っていました



96歳になったそうですが お元気で活躍しているようです
一原さんのお父様も長寿で100歳で亡くなられた時は
花火師をしていたことから追悼の花火を上げたと記憶しています

一原さんは俳句もなさっていて 俳号は「九糸」(きゅうし)と言いました
私も少しの間ですが一原さんの俳句の会に参加していたことがあって
結婚する時にお祝いに俳句と版画を頂きました


九糸さんの俳句です




1970、10、4 という日付が読める ↓ こちらが版画です



このころには 版画家として知られていたようで、周りの方々から
(お祝いの版画は)「そのうち値打ちが出てくるよ」と冗談のように
言われたのを覚えています face05

俳句の先輩方からもお祝いの俳句をいただきました



月に一度の句会ではお茶菓子が出るので
先輩方から「句会じゃなくて くうかい だね」と言われていた私ですicon10

もう10年以上前にデパートで一原さんの作品展があった時一度見に行ったことがありますが
私にはその良さというのがわかりませんでした

今朝 新聞を見て 懐かしく 頂いた「お宝」を探し出して眺めています

☆ 一原有徳さんの展覧会「一原有徳・版の魔力」は
市立小樽美術館で5月20日まで開催中です



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Posted by ターン at 14:09 │その他
この記事へのコメント
見つかったのですね・・・(^m^)

”お宝”拝見に、来ましたよ\(^0^)/

 高齢なのに、力強い版画と~
 新聞を、拝見していましたが、、、
↑保存して、拡大して拝見致します~
目が悪くなって(><;;
良く、分からないですぅm(__;)m
でも^^お宝ですよ~!!きっとね^^

俳句は、難しいですね(^^;
サラリーマン川柳が、私には手頃~

でも^^
「くうかい」(^m^面白い~
楽しいひとときだった事でしょう!
下の俳句も、楽しい感じ(^^v

ターンさんの”言葉”の妙は、、、
この”俳句会”からね(^-^V
Posted by 紫 at 2007年04月02日 16:14
ターンさま

これで納得!
私のブログにさらっと俳句を詠まれたのを・・・
私なら川柳になってしまいますが・・・

たくさんの心のこもった皆様からのお祝いが本当のお宝ですね。
一原有徳さんを存知あげなかった無知な私ですが、素晴らしい方ですね~。

暖かくなったら小樽駅から美術館に行って、それから海を見て帰ろうかな~

私立小樽美術館は好きで何度か行きました。
小林多喜二さんのデスマスクや母の言葉など涙した事も・・・。
Posted by クッキーママ at 2007年04月02日 17:43
♪ 紫さんへ

この新聞は紫さんへ送るつもりでしたから「保存」しなくてもいいですよ~~
スキャナー付きの新しいプリンターを投信の配当で買うつもりだったのに
イザお金が入ったら コロっと気が変わって 「今ので まだ使える」に、、(笑)

俳句の会にはお茶出し要員で参加していたようなものです ^^;
お菓子が目当てだったかも~(笑)


♪ クッキーママさんへ

この方 一般の人には知られていないと思います
私もたまたま知っていただけですから、、

小樽美術館に何度も行っていたのですか!
私は、、、美術館になってからは一度も入ったことがないのですよ
前身時代・・ここは私の職場でした~(^-^)
今度ご案内いたします(笑)
ご一緒したいですね

【小林多喜二さんのデスマスクや母の言葉など涙した事も・・・。 】
私は三浦綾子さんの「母」を読み涙しました
Posted by ターン at 2007年04月02日 19:46
ターンさま

私は三浦綾子さんの作品は「氷点」と「塩狩峠」ぐらいしか読んでいません。
失礼ですが何となく興味が無くて・・・

2003年秋、旭川に一泊で一人旅をしました。

何となく見本林が見たくて行った所に「三浦綾子記念文学館」がありました。

素敵で落ち着いた建物、中に入ると見学者は私一人。
ゆっくり拝見しましたが、あれほどの本を執筆されていたのかと驚きました。

病身のみで書かれる心が知りたくて読んで見たくなったのでした。
でも・・・また興味は他に・・・

今度、真面目に「母」を読んでみます。
Posted by クッキーママ at 2007年04月02日 21:06
野球、俳句、小林多喜二、三浦綾子・・・
皆さんの話題の広がり・・・楽しい!

一原さんは、全く存じ上げません(かなしい・・・)
多喜二の母の言葉・・・うっすら・・・記憶があるような・・・
三浦綾子は、高校時代にはまりました。私の北海道好き?あこがれ?は
氷点=塩狩峠=北の国から=
と、成長したのだと思います。
で、結局この母に生まれた息子も「北の国から」にそまったのでしょう。
誕生日に「お勧めの本をくれ」と、言われ「塩狩峠」も一冊でした。実家では読まず、札幌にて読んだらしく、「よかった~!」と言ってきました。
男の子にはどうか、と思っていたので意外な反応でしたね。

皆さんのおかげで、また読みたくなりました。
ありがとうございます♪
Posted by 浦和の案山子 at 2007年04月02日 23:50
♪ クッキーママさんへ

一人でお泊りの旅が出来るんですね! 拍手~~(^-^)

三浦綾子記念文学館には2度行きました
二度目は一人でじっくり時間をかけ 見本林の中も
歩き 美瑛川を見て「ここで陽子が自殺を図ったんだぁ」と
川の流れを見ていました

今 図書館から借りている本は『「氷点」を旅する』という本です
知っている話や初めて聞く話など興味深く読めます

mixiでは三浦綾子のコミュニティに参加しています

ご主人の三浦光世さんは ユーモア学会?の会員で
その会の講演を聞きに行ったことがありますが
けっこう笑わせてもらいました

私は「ひつじが丘」と「積み木の箱」から読んだので
 すんなり入れたと思っています
Posted by ターン at 2007年04月03日 09:16
♪ 浦和の案山子さんへ

いい~~息子さんですね!!
あ、勧めたのは浦和の案山子さんでしたね (*^_^*)

「塩狩峠」は実際にあった話で 読んだ時は
偉い人がいるものだと感心しました
道北の和寒(わっさむ)町に三浦綾子さんの旧宅を移設した
「塩狩峠記念館」があります

私は行ったことがありませんがこの町に知人がいるので
パンフレットを送ってもらいました

余談ですが・和寒町は 玉入れ大会の開催で有名です

一原有徳さんはそれほど有名ではありませんから
知らなくて当然ですよ

浦和の案山子さん!
昨日のラジオ((セイ!ヤング) 聴けましたか? こちらでは入りませんでした (ーー;)
Posted by ターン at 2007年04月03日 09:27
素敵なお話をありがとうございます(^-^)
Posted by ようこ。 at 2007年04月03日 20:45
ターン様

ラジオ忘れてた!!!ショック!!!

長男が家を出て「メソメソしててなるものか!」と、空いた部屋をかたずけていました。腰を痛めて、年には勝てないと、くやしくなります・・・

「塩狩峠記念館」行ったらいいのにね。話してみます。
次男は関心がいろいろあり、今春から、よさこいの他に
障害児教育、夜間中学関係・・・など・・・と言ってました。

札幌も、春は近いですか?
Posted by 浦和の案山子 at 2007年04月03日 22:31
♪ ようこさんへ

版画なら ようこさんの方が好きです
わかりやすいんですもの (*^_^*)

ようこさんを見ていると何かを作り出す人って 一つだけじゃなく
多方面に秀でてるようにおもいます



♪  浦和の案山子さんへ

あれまぁ 残念でしたね
浦和の案山子さんのところなら きっと聞けたはずでしょうに。。。

お子さん方 次々親離れしていって 頼もしいですね
空いた部屋は さだルームに? (*^_^*)
Posted by ターン at 2007年04月04日 14:46
ターン様 こんばんは

医学が発達していなかった明治初期の芸術家は薄命の人が多かったのですが、
一原有徳さんのように版画家に俳句、矢張り頭を使う芸術家は長生きできる
んですね。


俳句を遣られていたとは、ターン様を見直さなければいけませんね。
私の母も、若い時から、俳句に、和歌?に親しんでいたようです。

私は季語も何も、無視した 適当な文句を重ねて、時々ブログに書き込んで
います。ご指導宜しく御願い致します。
Posted by 邯鄲のゆめ at 2007年04月04日 18:34
♪ 邯鄲のゆめさんへ

邯鄲さん! 私は俳句の会に参加していましたが
もっぱら「食うかい」の方でして、、、^^;
その頃は若かったから歓迎してもらえたんですよ
俳句はちっともわかりませんでした
歳時記も持っていなくて
五七五 の文字数だけ数えて文字を並べただけです

お母様が俳句や短歌をなさっていたんですか
私も今 やっていたら 息子に少しは尊敬されたかも、、、
Posted by ターン at 2007年04月04日 21:38

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版画家 一原有徳さん